2015年8月-12 百人一首&意味のない外来

あけましておめでとうございます。

今年が皆様にとって幸多き一年となりますよう心よりお祈りいたします。

最近の家庭では、お正月に百人一首をするのでしょうか。アニメ化、映画化もされた漫画「ちはやふる」の影響で、かるた取りをする家が増えているかも。

百人一首、いろいろな歌がありますが、ここ10年ぐらいの(中年期に入った)私の好みはこれ。

ながらへば またこのごろや しのばれむ 憂しと見し世ぞ いまは恋しき

(この先、長く生きていれば、辛いと思っている今を懐かしく思うときが来るのだろうか。辛く嫌なことの多かった昔の日々を、今は懐かしく思い出しているように。というような意味)

長い人生を振り返る、いかにも中高年好みの歌。

作者の藤原清輔朝臣は和歌の名家に生まれたが、父親に疎まれ、なかなか位も上がらず苦労したらしい。なので、歳がいってからの作だと言われているが、いやいや、若いころの歌ではないか、という説もある。

若くても歳を重ねても世の中はままならず、辛いことばかり。でもそれを乗り越えたら、「あの頃、あんなこともあったなぁ」と振り返って懐かしむことができる。生き続けてさえいれば、辛い今も思い出にできる。

宇多田ヒカルも「道」の中で歌っている。「悲しい歌もいつか懐かしい歌になる」と。

私はしんどいとき、以前は「明けない夜はない、明けない夜はない」とつぶやいていたが、今は「ながらえば」と言うことが多くなった。この歌を口にすると、声高ではなく、しみじみと、まだ大丈夫、顔を上げて、前を見て、と励まされる思いがするのだ(おまじないはたくさんあったほうがいい)。

肺がんで治療中の方も、闘病の辛さが過去、思い出として振り返ることができるようになる日が一日も早く訪れることを願っております。

さて、それでは浮き世に戻りまして。

意味のない外来

8月19日、C病院への通院日。

行きの地下鉄の中で、うちに財布を忘れてきたことに気付いた。病院の支払いはいつもクレジットカードでしているが、そのカードも財布の中。財布の代わりに動物園へ持っていったコンデジが入っていた。連日の猛暑で注意力が散漫になっているのかも。

でも病院内のATMでお金を下ろすつもりでたまたまキャッシュカードを持っていたので、家まで引き返さずにすんだ。助かった。

そうだ、自分は運がいいのだと思い込む。

9時半、先に放射線科へ。相変わらず外来の患者は私だけ。待つことなく診察室に呼ばれる。

椅子に座るやいなや、宝塚先生は、

「(C病院で放射線治療を受けるか、手術するか)1週間で考えが決まりましたか?」

「え? 呼吸器内科の上級先生から、セカンドオピニオンを取るという連絡が来ていないんでしょうか?」

「え? そうですか?」

すぐにパソコンに向かう宝塚先生。連絡事項のメールか何かがどこかに埋もれていたようだ。ちょっと残念そうな宝塚先生に、

「近藤先生の意見を聞いてから決めたいと思います」

と話し、放射線科はわずか10分で終了。

次は呼吸器内科へ。

9時40分から待ち始めたが、診察室に呼ばれたのは12時前。セカンドオピニオンを受けたいという話を、最初に上級先生ではなく事務の人に伝えてしまったことが影響しているのか・・・。

診察室に入ると上級先生は、

「(セカンドオピニオンを受けるという)考えに変わりない?」

「はい。近藤先生の意見を聞きたいと思います」

「ま、それだと治療しない、放射線治療ってことになるんじゃない?」

はー、ぞんざいというか投げやりというか子どもっぽいというか、ひどい言われようだ。何か疲れるだけのために来たみたいだ。

2日後の8月21日、またC病院へ。

呼吸器内科の上級先生からの紹介状と、CD-Rに入ったデータを受け取りに行く。1500円。

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