2015年10月〜11月 犬山城へ行く&ばち指の経過

閉ざされた放射線治療室で治療を受けてきた反動だと思うが、パーッと開(ひら)けた風景が見たくてしょうがなかった。それも山と水(海か川)が両方見られるところ。

そうだ、犬山へ行こう。と思い立ち、10月31日、電車に乗った。

名鉄(名古屋鉄道)の犬山遊園駅で下車し、川沿いを歩いて犬山城へ。天守閣に上がると、高所のため風が強い。しかし山から川の上を吹きわたってきた風は、清めの力を持っているようで、体の中で眠っていた力を呼び覚ますような、晴れやかな気分。天守閣から見下ろす木曽川の豊かな水とちらほら紅葉の始まった対岸の山々の景色も胸のすく思いだ。犬山市街、山の稜線、遠く名古屋のビル群なども見渡せる。肺の奥底まで届けとばかり、深く息を吸う。

外のベンチで天守閣を見上げながら、家でこさえた梅干しのおにぎりを2個食したあと、町を散策。伊勢神宮のおかげ横丁を意識した作りだが、今少し整備不足なのが惜しい(今後に期待!)。

そのまま徒歩で犬山成田山へ向かい、さらにお寺の裏手にある東之宮古墳へ上がる。愛知県で一番古くて大きい古墳だそうだが、前方後円墳の周囲の道には落ち葉が積もり、来る人はほとんどいないらしい。と思ったら、古墳手前のお社の近くで70がらみの男性とすれ違った。聞くと、近所に住んでいて、このあたりは散歩コースだという。こんな空気のいいところを毎日散策できるなんてうらやましい。

いったんふもとまで下り、今度は善光寺山公園に上がって、眼下の木曽川の風景を満喫して駅へ戻った。

アップダウンのある道を選んだが、思ったほど疲れなかった。用心して3時間ほどで切り上げたが、病み上がりとしては上々かな。寒くて風邪を引いたら怖いので、ウィンドブレーカーや薄手のウールのカーディガンをバックパックに入れていったが、使わずじまい。今度は川の上流の山も歩いてみたい。

体力的には、肺がんと診断される前と大差ない気がした。でももっと高くて距離のあるところは無理でしょうけど(運動不足で筋力も落ちてるし)。

手の爪の甘皮がなくなる

そんな前向きな自分がいるかと思えば、足踏みし続けている自分もいる。

定位放射線治療が終わって約1か月後の11月11日、手の爪の甘皮が消えていることに気付いた。甘皮は皮膚と爪をつなぐ薄い皮だが、皮膚に細菌や異物が入らないようにするストッパー的な役割がある。それが急に消えると、爪が皮膚からむき出しで生えているような違和感がある。かろうじて甘爪がつながっている指もあるが、何だか心許ない。ネイルをしている女性は、爪を少しでも長く見せるため、わざわざ甘皮を処理しているというのに。

16日には手の指の爪の付け根が腫れてきた。両手とも小指を除いて全部だ。腫れたというか盛り上がってきたというか。甘皮消失と関連があるかもしれない。特にひどいのは左手の人差し指。指の厚みは一時期より収まったような気もするが、よく分からない。

手や指というのは、自分の目に一番よく目に入るパーツだ。異変があればすぐに気付く。まして、ばち指は肺がん特有の症状だ。原発巣は放射線で縮小しているかもしれないが、肺の別の部分に転移して、そのせいでまたばち指が悪化しいてるのではないかと、指先が目に入るたびに滅入っていた。

この頃、再び咳も出るようになった。肺炎かもしれないと心配になる。肺の放射線治療後、多くの人が知らないうちに肺炎にかかっているそうだが、それかもしれない。まだまだ本調子じゃないってことか。

間もなく、放射線治療後の初めての定期検査。

腫瘍マーカーが上がっていたら。転移が見つかったら。考えていると、息が苦しくなって、気付くと深呼吸している。これ、以前にもあった。不安が引き起こす症状だ。犬山城の天守閣のときとは全く違う深呼吸。また、あんなふうに、清々しい気持ちで深く息が吸えるといい。

→続きです。

2015年12月-1 経過観察-1 腫瘍の形
以前より腫瘍は小さくなりました 9月14日、名古屋市立大学病院放射線科へ初めてセカンドオピニオンで訪れたとき、医師から
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