戸塚洋二著・立花隆編「がんと闘った科学者の記録」(文藝春秋)を読んだ。
戸塚洋二氏については、日本人で次にノーベル賞を取るならこの人だろうと期待されていたが、がんで亡くなった。死ぬ前の1年間、ブログに日記を綴っていた、くらいの知識しかなかった。
膨大で多岐にわたる内容のブログを一般向けにまとめたのが、この本。物理学者、ニュートリノの研究者ということで、どんな難しいことが書いてあるかと恐る恐る本を開いたが、私でも読めました。
国内外で開かれる会議やシンポジウムに参加し、映画を見たり、本を読んだり、死を恐れ、宗教について考察し、研究を行っていたカミオカンデのあった岐阜県神岡町の山歩きの思い出や、東京の自宅の庭でどんな花が咲いたかなど自然に関する描写も多く、読み進めるにつれ、次第に戸塚氏の穏やかで誠実な人柄に惹かれていきます。
自分のがんを客観的に見る
戸塚氏の大腸がんの経過は、まず2000年に大腸がんを手術。2004年左肺に転移、手術。2005年右肺へ転移(手術不能)。仕事を優先し、2006年4月から抗がん剤治療開始。2007年4月抗がん剤の副作用による間質性肺炎。2008年1月肝臓に転移。3月骨に転移。意識不明となり脳腫瘍が見つかる。6月立花隆と対談。7月2日入院、最後のブログ。8日後の10日、66歳で死去。
腫瘍がどのように大きくなっていったかをCT画像を並べて比較し、どの段階でどんな抗がん剤を処方され、腫瘍マーカーはどう変化し、いつ、どんな副作用があり、どの時点で転移が見つかったか、などの経過が、表やグラフで示されている。
科学者というのは、自分自身の病についても客観的に見ようとするものなんですね。
私は血液検査の結果(腫瘍マーカーなど)のハードコピーはもらっているが、CT検査の画像はもらったことがない(データも紙焼きも)。ほかの人のブログを見ると、たまに画像を載せている人がいる。データは頼めばCDに焼いてもらえる(有料)と聞いたことがあるがそれなのか、あるいはPCのモニターの画像をカメラで撮っているんだろうか。それも医師に頼めば簡単にOKをもらえるのか。どうなんでしょう。
戸塚氏はCT検査を2か月に一度の割合で受けていて、放射線被ばくを心配しているという記述があった。「私と同じだ」とちょっと身近に感じたが、
「X線量を半分以下に減らし、さらに安価な装置ができれば(略)、もっと気軽にCTスキャンができるようになり、副作用の予防に効果を発揮できるでしょう。(2007年8月29日)」とある。
回数を増やしたら、結局被ばく量は同じなのではないのか。そもそも、CTで早期発見して意味があるのかないのか、ここで私は未だにつまずいております。はー。
がん患者の体験談の検索システム
戸塚氏は、服用していた抗がん剤がいつ効かなくなるのか、その場合別の抗がん剤はあるのか、それは使用可能か。がんの進行スピードはどの時点で加速を始めるのか、その時点での苦痛はどれくらいか。等々、さまざまな疑問を抱き、ネットで情報収集するが、「検索に便利なように整理されていない」ため、必要な情報に辿り着けない。そこで、
「がん患者の知りたいことのほとんどは、右にあげた私の例のように、主治医には答えられないか答えたくない事項なのです。/われわれにとって本当に必要なのは、しっかりと整理され検索が体系的にできる『患者さんの体験』なのです。(2007年10月8日)」として、「整理された体験談」がデータ化されることを望む。
戸塚氏が自身の病状に即して例に挙げているのは、「大腸がん→初診stage→年齢→性別→手術→再発→再々発→抗がん剤治療→5-FU→オキサリプラチン→イリノテカン→アバスチン→経過年数等と、順々に奥に入っていき、自分と似た境遇にある人にたどり着きます。」、そして自分の疑問に対する答えがあるかどうか調べるというもの。
私の場合だと、放射線治療後のCT検査をほかの人はどれくらいの頻度で受けているのか知りたいので、「肺がん→ステージ1B→50代→女→定位放射線治療→CT検査(の頻度)」といったところでしょうか。
本当にこういうデータがあるといい。でもこんな検索システムがあるのを聞いたことがないので、戸塚氏がブログに書いてから10年経っても実現されていないのでしょう。このシステムを作るためには、がん患者自身が記録を残すことが大前提で、多くの人の協力が必要なためだ。
全国がん登録データベース
と思っていたが、昨年1月から始まった「全国がん登録」をアレンジすれば、こういうことができるんじゃないだろうか。
全国がん登録は、がんで病院にかかると、その情報がまず都道府県でデータ化され、国立がん研究センターの全国がん登録データベースに送られて集計、分析、管理されるという制度。病院にそんなポスターがあったなぁ程度の認識で、何となく任意だと思い込んでいたが、知らぬ間に(勝手に)情報が送られてたのね。
HPを見ると、氏名や住所や生年月日、がんの種類や進行度、治療内容などがデータになっているとのこと(個人情報満載で、ちょっと怖い)。
目的は、「国や都道府県のがん対策をはじめ、がん検診や治療の体制づくり、がん研究などに役立てられます。そして、がんになる人を減らしたり、がんから治る人を増やしたり、あるいはがんになっても長生きして苦痛の少ない生活を過ごせる社会を実現する一助となります。」とある。
研究者や医師に頑張ってもらうのはありがたい。でも、こんなビッグデータがあるのなら、患者にも使えるように工夫して門戸を開いてもらえないものか。患者の知りたい情報は、がんの種類、進行度、治療方法などにより千差万別。このデータベースにはその情報がひしめいていると思うので、戸塚氏が願ったように、がん患者が知りたい情報にいち早くアクセスできるようになるといい。
→続きです。