オプジーボの小細胞肺がん保険適用申請

今日の朝刊で、抗がん剤のオプジーボが、新たに3種類のがんに保険適用されるよう厚生労働省へ申請されるという記事があった。オプジーボは現在6種類のがんで公的医療保険が使えるが、肺がんでは非小細胞肺がんだけ。それが小細胞肺がんでも使えるよう申請するそうだ。

小細胞肺がんの治験

記事を見て思い出したことがあった。

私は肺がんと診断されたころから、肺がん患者のブログを読むようになったが、その中に30代後半の女性のブログがあった。

子宮頸がん手術後、5年の寛解目前に末期の肺がん(小細胞肺がん)が発覚。複数の抗がん剤を試すが効果がなく、最後はオプジーボ(ニボルマブ)の治験にかける。しかし奏功せず、心身への負担がひどくなり、2017年2月、ブログは途切れた。

文章を読んでいると、彼女は自分を対象化して見ることのできる頭のいい人で、ユーモアのセンスもある愛らしい女性という印象だった。

子宮頸がんの広汎子宮全摘術

それだけに抗がん剤の副作用や検査の薬剤でひどい症状が表れ、病状もどんどん悪化していくのが辛かった。

いや、最初から辛かった。どうして子宮頸がんで広汎子宮全摘術を受けてしまったのか(多分医師に誘導されたのだと思う)。おそらく手術で子宮を取ってしまったために、結婚間近だった相手との結婚は取りやめ(放射線治療なら子宮を残せたのに)。

術後はリンパ浮腫、腸閉塞、排尿障害などに襲われ、うつ状態となるが、何とか前を向けるようになったころに、まさかの肺がん発覚。ただ、彼とは別れることなく一緒に暮らしており、仲の良かった弟も献身的に彼女を支えていたというのは大きな救いだったろう。

壮絶な副作用

最後、もう手立てがないとしてオプジーボの治験に望みをかけるが、呼吸困難、全身がやけどを負ったようになるなど(腕の写真がアップされた)、副作用はすさまじかった。

治験とは毒性試験にほかならないことを、その写真は強烈に物語っていた。

ブログが途絶えたあと、彼か弟から何か報告があるかもと待ち続けたがそのままで、彼女のその後は分からない。ただブログの最後を見ると、回復したとは到底思えない。

先人の犠牲

治験で劇的に快癒し、腫瘍が消える人もいる。しかしそういう人はごく少数で、自分がその何十分かの一に入れるかどうかは分からない。そして新薬というのは、その少数以外の多くの患者の献身、犠牲があって、初めて使用が認可され、保険適用となる。

今回のオプジーボが保険適用申請できるようになるまでには、きっと彼女のような多くの患者さんの存在があったことだろう。

医療の歴史というのは全て先人の犠牲の上に成り立ってきたことを、たまに強烈に思い知らされる。

2018年4月19日(木曜)

〇体重 50.7 〇BMI 19.2 〇体脂肪率 27.0

■朝

豆乳、野菜ジュース

■お昼

汁ビーフン(玉ネギ、人参、ピーマン、シメジ、魚肉ソーセージ、イカ)、冷や奴とアスパラガス(甘味噌)

■お八つ

コーヒー、エビせんべい

■夕飯

雑穀入りご飯(100グラム)、味噌汁(カボチャ、シメジ、ネギ)、塩ザケ、根菜の煮物(ゴボウ、レンコン、人参、コンニャク、練り物、昆布)、レンジ卵(オクラ)、海苔

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