2019月6月 2度目の経過観察-9 CEA2.2

6月11日(火)

最初に肺がんと診断されたのは2015年7月(9〜10月放射線治療)。リンパ節に転移したのが2017年7月(8〜9月放射線治療)。約2年で転移したことになる。

2015年初発、2017年転移、そして2019年

もし次に再発、転移するなら、同じくらいの間隔(約2年)で見つかる可能性が高いと言われた。とすると、今日の経過観察はそのタイミングに合致しているわけで、いつも以上に戦々恐々として病院へ向かう。

検査の結果、腫瘍マーカーのCEAは低いまま(2.2はこれまでで一番低いと思う)、CTにも異常は見られなかった。胸をなで下ろす。

担当医に質問。

–2017年の通常照射の治療後、治るのは40%。残りはまた転移すると言われたので、ずっと心配している。

「2017年に転移が見つかった時点では、遠隔転移かリンパ節転移を疑った。放射線科医でも意見が分かれるところで、判断は難しい。自分はリンパ節転移であることを希望を込めて診断し、治療に入った。今のところ経過は順調。このまま治れば、遠隔転移かリンパ節転移だったか分からない」

そうか、賭けだったということか。でも担当医のこれまでの経験を踏まえた上での賭けということ。勝算もなく突き進んでいくはずはないだろう。とはいえ、なんてスリリングな人生。

診察の終わり頃、担当医が私の手の指先を見て、

「ばち指はもう全く出ていないね」

–ネットでは肺がん患者の15%くらいにばち指の症状が出るとあったが。

「そんなことはない、珍しい」

日頃がん患者を多く見ている放射線科医でも、ばち指にはあまり遭遇しないのかもしれない。

献血できない人

この日、採血をしてくれた若い女性看護師に、10日前、献血を断られたことを話した。→「がん患者は献血できない

すると彼女も、「私も献血ができないんですよ」と言う。血液の成分が特殊(薄いと言っていた)で、献血をすると自分が倒れてしまうそうだ。結構、献血ができない人って多いのかもしれない。

看護師が「がんで献血できないというのは、化学療法で薬剤を使うからではないか」と言うので、「私は抗がん剤はやっていない。放射線治療しか受けていないが駄目だった」と話すと、「どうなんでしょうね。よく分からない」とのこと。看護師は患者に断定的なことは言えないんだろうなと想像した。

帰宅後、疲れてベッドで1時間半ほど寝てしまう。その反動か、夜は体が疲れきってだるいのに、頭がさえて寝入ることができず困った。異常なしのお墨付きをもらい、(3カ月間だけだけど)無罪放免による開放感で興奮したかのかもしれない(もちろん、その間もがん細胞は増殖しているかもしれないけれども、束の間の開放感。心の底から喜びたい)。

5月はお寺巡り

5月はハイキングにうってつけの季節。

18日は滋賀県大津の三井寺と石山寺へ。26日は奈良の法隆寺、法輪寺、法起寺へ。法隆寺以外は初めてで、以前から訪れたかったお寺ばかりなので、小学生の遠足のように浮き浮きしながら歩き回った。

法輪寺の三重塔は作家の幸田文が再建に尽力した塔で、女性住職に文の様子や再建当時の話を聞くことができた。これだけで出かけた甲斐があった。

ただ、石山寺の紫式部の等身大の時代風俗人形は興ざめ。京都御所の特別公開でも十二単姿の等身大人形がたくさん並んでいたけど、今はこういうのが喜ばれるのでしょうか。

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