肺がんの告知から5年

2015年7月8日に肺腺がんの診断を受けてから、今日で丸5年になります。

告知を受けた日、まだステージは分からなかったので、どれくらい生きられるだろう、翌年のオリンピックは見られるのかと思ったけれども、2016年のリオデジャネイロ大会は眠気と戦いつつテレビで観戦できた。

遠のく寛解

肺がんは治療後5年が経過したら一応、寛解したと見なされる。私は2015年10月に定位放射線治療が終わったので、早く5年たって2020年10月が来てほしかった。

しかし2年後の2017年に転移が見つかり、2度目の放射線治療が終わったのは2017年9月。寛解という言葉が聞けるのは、それから5年後の2022年秋で、今から数えてもまだ2年以上先だ。

でも、一度転移を経験してしまうと、また転移があってもおかしくないと思う。だから1度目のように「早く2022年が来てほしい」とは考えたりしない。明日が来れば十分。そして明後日も。

来年の東京オリンピックが開催されるかどうか分からないけれど、できれば開会式だけは見たいと思いますが。

5年目の7月8日〜九州に続き、岐阜、長野でも豪雨

今朝は叩きつけるような雨の音で目覚めた。不安になるような激しい雨音。

でも、本当に大変なのはお隣の岐阜県や長野県で、昨日の九州に続いて大雨特別警報が出ており、岐阜では飛騨川が氾濫して道路や田畑が水に浸る被害を受けていた。

起きてリビングに行くと、壁に掛けた時計(写真)の針が止まっていた。

電池を交換したが動かない。9年前(東日本大震災当日)、大阪のIKEAで買った安物だけど、ガラスの時計盤が水面のように涼しげで気に入っていた。5年前、この時計で時間を確認して、検査結果を聞きに病院へ向かったのだ。

しかし、どうしてよりによって今日壊れたのか。嫌な符合がありませんようにと祈る。

セミの合唱、洗濯と日常

雨が上がると公園からセミの鳴き声が大音量で響いてきた。

昨日、小雨の中、公園を自転車で走っていたら今年初めてのセミの声を聞いた。そのときは数匹程度だったが、今朝は数百匹が合唱しているようだった。大雨のせいで一斉に孵化したのだろうか。

しかし昼近くになったら、セミの声はぱたりとやんだ。何か自然界で異変が起きているようで不気味なものを感じます。

しばらくすると日が照ってきたので、梅雨の合間のせっかくの晴れだからと、当たり前のように洗濯を始めた。ラジオを付けたら豪雨の被災地のレポートをしていて、急に後ろめたさに襲われた。こういう日常が奪われてしまった人がたくさんいるのだ。

「少しでも命が助かる行動を」

NHKのアナウンサーが、今後も豪雨の影響がありそうな地域へ向け、「少しでも命が助かる可能性の高い行動を取ることが重要です」「命を守るために最善を尽くしてください」と何度も繰り返していた。

「命が助かる行動」というのは、東日本大震災のとき自分だけは大丈夫と思い込んで(正常性バイアス)避難せずに命を落とした人があまりに多かったため、視聴者にダイレクトに届きやすい言葉だとして、使われ始めたんじゃないだろうか。

多くの人にとって、がんというのはある日突然やってくる(告知される)天災のようなもの。少しでも命が助かるように自ら行動すべきというのは、がんも天災も同じだなと思ったことでした。

2020年7月8日(水曜)

〇体重 51.2 〇BMI 19.4 〇体脂肪率 27.9

■朝

豆乳、野菜ジュース

■お昼

そば(乾麺80グラム。ワカメ、エノキダケ、ネギ、かまぼこ、天かす)、野菜炒め(タマネギ、人参、ブロッコリー、竹輪、厚揚げ、イカ)、キウイ

温かい麺もまだまだ食べたいのです

■お八つ

■夕飯

雑穀入りご飯100グラム、味噌汁(ズッキーニ、エノキダケ、油揚げ、卵)、マグロのカルパッチョ(タマネギ、貝割れ菜。岩塩、黒胡椒、オリーブオイル、バルサミコ酢)、高野豆腐(キュウリ)、トウモロコシ

マグロには醤油もオリーブオイルも合います

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