唐詩の舞台を見てみたい
そもそも西安に行きたいと思ったのは、西安が昔、唐の都、長安だったから。好きな唐詩が詠まれた地に立ってみたかった。さらに今年2月、NHKのドキュメンタリー「よみがえる長安〜遣唐使が見た古代中国」を見て、その思いはますます強くなりました。
そんな折、西安に4連泊するツアーを発見。西安市中心部と郊外にある6カ所の世界遺産を巡るプランです。ただ、このツアーは「キングダム」ファン向けのようで、秦の始皇帝の史跡に焦点を当てており、私の行きたい場所とは微妙にずれていましたが、一人じゃそうそう行ける所じゃないしと、ありがたく乗っかることにしました。
一人でも複数人でも料金は同じというプランだったので、20〜70代参加者の半数が一人参加。2人で参加したけど部屋は別々という人たちもいました。部屋は一人でもツインルームで、ゆったりと使えました。
こういう行程も食事もパッケージされたツアーに参加するのは初めてで、ちゃんと付いていけるか不安でしたが、杞憂に終わりました。朝9時から夕食まで予定が組まれていましたが、その前後の朝と夜にも歩き回っていたほど。2〜4日目の3日間の歩数は毎日2万歩以上でした。
西安には深夜到着。翌朝一番に兵馬俑へ
初日22日(土)は移動のみ。西安空港に着いたのは深夜で、ホテルには午前1時半(現地時間。日本とは時差1時間)にチェックインしました。ホテルは西安の城壁の南門(正門)近くと、観光にはとても便利な立地です。
2日目23日(日)は朝9時に集合して、観光バスに乗り込みました。
(11月23日の西安市の最低/最高気温 3度/13度)
まずは兵馬俑へ。西安中心部から北東方面にある、西安観光のハイライト。同じツアーの人に聞くと、これが目的で参加したという人が多かった。俑というのは古代中国の副葬品。奥が1号坑の建物です。
1号坑
よくテレビで見る風景ですが、目の前に広がっていると圧巻。長さ230メートル、幅62メートル、深さ5メートル、総面積1万4260平方メートル、兵馬俑の数は約6000体。広さは飛行機の格納庫ほどもあるそうで、ただただ広い。日曜ということもあって人が多く、周囲は二重三重の人が重なり、人の頭越しでしか見えなかった。平日は今も発掘作業が行われているそうです。
3号坑
1号に比べると規模は小さく、軍の司令部があった所らしい。
私は「キングダム」はDVDで見ていますが、それほど思い入れはありません。吉沢亮(嬴政(えいせい)。始皇帝役)の顔ばっかり思いだしていました。
2号坑
騎兵や戦車、歩兵の俑が掘り出されています。
この後、昼食でしたが、レストランの入口では、1974年に兵馬俑を発見した4人の農民のうちの1人というおじいさんが兵馬俑の写真集を売っていた。本を買えばサインしてくれたり一緒に写真を撮ってくれるそう。
今や世界的に有名な兵馬俑ですが、発見者がまだ生存しており、見つかってからまだ50年しか経っていないことは意外な気がしました。
始皇帝陵
中国初の皇帝、秦の始皇帝の陵墓。始皇帝は即位後すぐにこの墓をつくらせたとか。
始皇帝陵の記念碑
逆光で後光が差しております。
これで世界遺産「秦始皇帝陵及び兵馬俑坑」の2つをクリア。
この近くに「華清池(かせいち)」があるのですが、今回のツアーには入っていなかった。
華清池は唐の玄宗皇帝と楊貴妃が結ばれた温泉地。白楽天の「長恨歌」に「春寒くして浴を賜う華清の池/温泉の水は滑らかにして凝脂を洗う」とあります。距離が近いんだから車窓からでも見せてくれればいいのに……と恨み節。
興慶宮公園
西安市中心部に戻ってきました。城壁の南東にある興慶宮公園へ。唐の時代の宮殿跡につくられた公園で、この門から入ります。
ほとりに柳が植えられた池の向こうに高層マンション群が。
このご時世のため、ツアー中、外では大声で話さないように気を付けていましたが、何度も中国に来ているというツアーの人によると、日本語は中国の方言にしか聞こえない人が多いとか。そんなものなのでしょうか。
若い男が近づいてきて中国語でまくしたてたというのはこの公園ですが、彼には私たちが日本人だと分かったんだろうか。
今も遣唐使たちの足跡が残る
阿倍仲麻呂の記念碑
公園の一角には仲麻呂の記念碑が立っています。
玄宗皇帝の頃の長安は100万人が暮らし、海外の人やものを積極的に受け入れる国際都市でした。遣唐使の阿倍仲麻呂は長安へ留学し、玄宗皇帝の朝廷で高官となります(中国名は朝衡、晁衡)。
しかし「天の原ふりさけ見れば春日なる 三笠の山に出でし月かも」と望郷の念強く、帰国船に乗るも船は難破。交流のあった李白が仲麻呂の死を悼んで作った「哭晁卿衡」が、この石碑の側面に刻まれています。実は仲麻呂はベトナムに流れ着いて生きていたので、また長安に戻ってくるのですが。
でも李白の詩を刻むなら、帰国する仲麻呂へ王維が贈った「送秘書晁監還日本国」も入れてほしかったなあ(長いから駄目?)。大亀とか赤い目の怪魚とか出てきますが、1300年近い昔、中国の詩人にとって日本は未知なる国だったのでしょうね。
車窓から
中国では緑色のナンバープレートは電気自動車、青色はエンジン車。また西安市では、タクシーや観光バスの車体は緑色と決められているそうです。ガソリンより電気のほうが安く乗れるため、電気自動車ユーザーのほうが多いとか。
鐘楼
城壁の中心にある西安のシンボルマーク的な建築物。
鼓楼
鼓楼は鐘楼の東側に建っており、鐘楼と鼓楼でペアなのだそう。城壁がつくられた明代に建てられ、当時は鐘と鼓で時を告げていたそうです。
回坊風情街
鼓楼の北側にある繁華街。中国の少数民族の一つで、イスラム教を信仰する回族の飲食店が続く観光エリアです。豚肉以外の肉を使った料理を多く提供していますが、街自体が肉っぽい匂いで閉口しました。
この後、餃子の専門店で夕食を取り、今日のツアーは終了。
鴻臚寺(こうろじ)
ホテルに戻ってから、NHK「よみがえる長安」で紹介されていた遣唐使たちが学び、暮らしていた鴻臚寺(役所)のあった辺りに一人で行ってみました。
ガイドさんに場所を聞いたら、朱雀門のそばの城壁の内側で、ホテルから割りと近かったのですが、何か地元の人しか歩いていないような下町っぽい雰囲気になってきて、だんだんと不安に。
やはり台湾有事発言の余波が気になります。日本へ来ている中国人もこんな思いをしているのでしょうか。
城壁沿いの遊歩道
鴻臚寺(?)の帰り、城壁の南側に遊歩道を見つけました。暗めの街路灯でちょっと幻想的。正面はライトアップされた永寧門(南門)です。一日よく歩きました。