樹木希林さん逝く

9月16日、安室奈美恵が25年間の芸能活動にピリオドを打った日、樹木希林(75歳)が前日に亡くなっていたことが伝えられた。8月の大腿骨骨折以降、マスコミに出てこなくなったので気になっていたが、まさか亡くなったなんて。

勝手な思い込みに過ぎないのだけど、樹木希林は死なないような気がしていた。

テレビドラマで初めて見たときから彼女は老婆(役)で、以来、彼女の時間は止まっているような錯覚を抱いていた。今から44年前(1974年)、樹木希林が悠木千帆の芸名だった20代の頃からずっと。

宇野千代のように「私何だか死なないような気がするんですよ」とうそぶきながら100歳まで生き続けるのではないかと思っていた。

魔女のように。妖怪のように。私にとって樹木希林は時を超越した存在だった(それにしても死因は何だったのか)。

全身がんと放射線治療

乳がんの有名人では、直近では8月15日に漫画家のさくらももこ(53歳)、9月14日にキャスターの浜尾朱美(57歳)が亡くなっている(8月15日は樹木が大腿骨の手術をした日だ)。

樹木希林は2004年、乳がんの診断を受け手術。その後、腸、副腎、脊髄に次々と転移し、「全身がん」を自称。

手術や抗がん剤ではなく放射線治療を選択し、彼女がたびたび通った鹿児島のUMSオンコロジークリニックでは、樹木希林は同じ乳がん患者たちのあこがれの存在、希望の星、象徴的存在だったようだ。

でも乳がん患者だけではない。多くのがん患者にとっての希望の星だったと思う。少なくとも私にとってはそうだ。

彼女の訃報に多くの人がコメントを寄せたが、樹木希林がいかに慕われ、畏れられ、愛されていたかが伝わってきた。

建前ばかりで淀み硬直した場を、軽々と放った本音のつぶてで波立たせる。あの飄々とした人となりが好きだった。ご冥福をお祈りします。

→3月に樹木希林さんについて書いています。「Nスペ「人体」〜がん治療の最前線

2018年9月18日(火曜)

〇体重 50.5 〇BMI 19.1 〇体脂肪率 27.6

■朝

豆乳、野菜ジュース

■お昼

冷やしうどん(乾麺80グラム。干しシイタケ、カイワレ、カマボコ)、シメジとちりめんのアヒージョ(ニンニクオイル)、キムチ納豆(ネギ)、オクラとトマト(甘酢)

※北海道では納豆が品薄だとか。多方面に及ぶ地震の余波が一日も早く収まりますように。

■お八つ

コーヒー、飴、グレープフルーツジュース

■夕飯

雑穀入りご飯(100グラム)、味噌汁(ワカメ、カボチャ、人参、エリンギ、油揚げ)、甘エビ(カイワレ)、里芋とイカの煮物、レンジ卵

2018年9月19日(水曜)

〇体重 50.5 〇BMI 19.1 〇体脂肪率 27.8

■朝

豆乳、野菜ジュース

■お昼

チャンポン(タマネギ、人参、キャベツ、ピーマン、エリンギ、ホタテ、カマボコ、厚揚げ)、キムチ納豆(ネギ)、キュウリとパプリカ(甘酢)

■お八つ

コーヒー、飴、グレープフルーツジュース、リンゴ1/4個

■夕飯

卵かけご飯(雑穀入りご飯100グラム)、吸い物(ワカメ、エリンギ、豆腐、ネギ)、甘エビ(カイワレ)、ゴボウと人参のきんぴら、里芋とイカの煮物

※今日は甘エビの頭を取って食卓へ。明日、唐揚げにするのが楽しみ。

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コメント

  1. tonton より:

    私も樹木希林はまだまだ生き続ける気がしてました。
    クロエさんもおっしゃるように人間離れしている彼女なら、ガンも超越しそうな気がしてたのです。でも2004年から闘病が始まって、14年も、さらに死の直前まで活躍できたのだから本望でしょうね。多くのガン患者にとって、全身に転移してもこんなに活動していられたのも、落ち込まず飄々としているのも、希望の星だと思います。私にとってもそうです。

    • クロエサト より:

      >14年も、さらに死の直前まで活躍できた

      転移のたびに手術、化学療法を繰り返していたら、俳優を続けられなかったかもしれませんよね。
      緒形拳が肝がんの積極的な治療を受けず、死ぬ直前まで役者を続けていたことと、どこか重なります。

      樹木希林は、階段から落ちて大腿骨骨折をしなければ、もっと長生きできたのかもしれない。
      本人もまさか自分が死ぬとは思わなかったのではないかと、今もいろいろと考えてしまいます。