内澤旬子(ルポライター、イラストレーター)は友人から勧められて読んだ。肺がんではなく乳がんのサバイバーです。
(図書館で借りました。表紙よれちゃってますね。すみません)
「身体のいいなり」
乳がん治療のいきさつは「身体のいいなり」(朝日新聞社)に詳しい。
2005年、38歳で左胸にがんが見つかる(ステージ1)。5月に摘出(部分切除)。3か月後、今度は右胸に見つかり10月に2度目の切除手術。体調不良が続き、2006年秋、ヨガを始める。
ホルモン療法の副作用がひどく、がんの芽を全て切除するために乳房全摘、乳房再建を決意。2007年12月、全摘手術。傷が落ち着いてきた2008年6月、再建手術(シリコンパッド)。
乳房は女性の象徴とされていることもあって、手術で切り取られたり形が崩れたりすると、ダメージも大きいだろうなと思う。だから手術を受けるかどうか慎重になるのかと思うと、そういう女性ばかりではなくて、「悪いもの(がん)を一刻も早く切り取りたい」と手術に邁進する人が多いようなのです。
年下の友人にもそういう人がいる。夫と小学生の子供との3人暮らしで、フルタイムの仕事をしているが、他県に住む入院中の義父の世話もしなければならない。そこへ乳がんの告知。医師からは手術を勧められる。優しそうな医師だ。ほかの治療法がないか調べる時間も気力もない。少しでも早く切って元の生活に戻りたい・・・。
特に幼い子どもを持つ若い母親は、自分のために時間を使うのは申し訳ないとばかり、乳房全摘と再建を一日で受けられる手術を選ぶことが多いと聞いた。
私みたいに本やネットで思うさま調べて、セカンドオピニオンどころかサードオピニオンまで取ってというのは、おそらく贅沢なことなんでしょう(何だか申し訳ない気分になってくる)。
へーえ、癌だったのか
乳がん告知時、内澤旬子は結婚していたが夫とは別居状態。仕事はしていたが満足な収入は得られず、生活は苦しく、しかもアトピー性皮膚炎、腰痛などの持病に苦しめられと、読んでるとこっちまでしんどくなるような暮らしぶり。そのため、医師から告知を受けたとき、
「へーえ、癌だったのか。/(略)素晴らしく良い気分というわけではなかったが、心の底では深い開放感に包まれていた。とにかく、これでもうがんばらなくてもいいと思ったのだ。/考えないように、感じないようにしていたが、今の生活が耐えがたく嫌で辛かったのだ。」
これは分からないでもなかった。私も肺がんと診断されたころ、今後の生活を考えると気の滅入ることが多かったので、もし余命を宣告されるようなことがあれば、体の動くうちにやりたいことだけをやろうと思っていたからだ。痛みや副作用が怖かったので、手術、抗がん剤も受けないことも決めていた。
しかし内澤は、医師からの手術で腫瘍を切除して細胞を精密検査にかけたいという申し出に、
「あ、はいどーぞ、なんでもやってください。乳房を温存したいなどという考えも浮かばなかった。温存を検討するほど乳房にも自分の今後の生活にもまったく愛着がなかった。心の底からどうでもよかった。」
として、その場で手術日を決める。「だれかに相談してからという考えはまったくなかった。」
え、そっちへ向かっちゃうの?
切らずに済ませる方法もあったかも
以後、読んでて、もうハラハラし通し。
「内澤さん、ちゃんと体のこと考えて」「もっとたくさん情報集めて、それから決めたほうがいいよ」「何でセカンドオピニオン聞きにいかないの?」と何度となく心の中で呼びかけていた。
案の定というか、彼女はのちにこう述懐する。2度の手術のあと、胸は「二度も切ってガタガタに」なったが、仕事も体調も徐々に復調。しかしホルモン療法が合わず、乳房全摘、再建を決意したとき、
「一方でそもそもこれホントにとるほどの癌だったのかという疑問も、実はあるといえばあった。(略)当時は貧困と疲労ゆえにあまりにもヤケクソだったので、なんの迷いもなくザクザク切ってしまったけれど、身体が元気になって、仕事も多少順調に回るようになって些少でも小金ができてみると、割り切ったつもりでも迷いがでるものだ。/なんともさもしい。ひょっとしたら切らずに済ませる方法もあったのかもしれないと、思えてくるのだ。」
乳房温存手術を選ばなかったことについても、
「温存する方法を考えるなら一番はじめに切る前に考えるべきだった。しかしはじめに切っちゃったものはとり返しようもない。」
罪深い(?)本
手術は不可逆的なもの。いったん切った臓器は元に戻らない。どんな治療を選ぶか、最初の選択が肝腎なのだと本は教えてくれる。少なくとも自暴自棄に陥っているときには、絶対に重要な判断をしてはいけない。
でも手術を決めたときは、一刻も早く腫瘍を取ってしまいたいという思いが強く、きっとそこまで考えが及ばないのだろう。正常な判断ができるまで、せめて1週間、考える時間を与えられていたならと思わずにいられない。そうすれば、内澤も4回も手術を受けることはなかったのではないか。
この本、一読すると、乳がんという深刻な問題をあっけらかんと飄々と描いていて、面白く読める。おそらくそれもあって講談社エッセイ賞(2011年)を受賞したのだと思う。
でも、がんの診断を受けた患者が、賞を取っている本だからとこれを読んで、ほかの治療法を検討することなく手術に突き進んだとしたら、怖ろしい(罪深い)ことではあるまいか。
そして気付く。「身体のいいなり」は反面教師として読むべき本なのだと。
内澤が手術を受けてから10年以上経っている。乳がんの治療法はさらに進化、多様化しているはず。もちろん手術を受けないという選択肢も含めて。
患者はあとで後悔しないためにも、自分が納得するまで徹底的に調べて治療法を選ぶべきなのです。選んでいいのです。
「漂うままに島に着き」
手術後、内澤は不思議なことに長年の体調不良から解き放たれ、ヨガだけでなくバレエも始めて健康を取り戻していく。仕事も順調で、暮らしから余分なものを捨て去り、夫とも離婚(「捨てる女」(本の雑誌社)にまとめられている)。全てが好転し、まるで結果オーライ、災い転じて福となす、を地で行くような大きな変化だ。
その後、東京での生活に嫌気がさし、2014年6月、小豆島の一軒家に引っ越し。そのいきさつと島での暮らしを綴ったのが、「漂うままに島に着き」(朝日新聞出版)。
海の見える一軒家でヤギを飼いながら、地域のコミュニティーに溶け込み、仕事を続けている。こんなに行動力、生活力のあった人だったとは。最初に乳がんの告知をされたころとはまるで別人です(もともとは世界を飛び回っていた人なので、本来の姿に戻っただけだと思いますが)。
私は歳を取ったら、不便なことはごめん、都会に暮らしたいと思って名古屋に住んでいるが、「漂うままに」を読んで、地方もいいなと心が揺れた。そういえば作家の稲葉真弓も一時期、志摩半島で暮らしていた。シングルの中高年女性は都会暮らしに倦むと海を目指すのだろうか。ただ両者とも、田舎は虫がすごいと書いている。虫に恐怖を感じる私はだめですね、やっぱり。
再発するならしろ
「漂うままに島に着き」によると、内澤は現在、乳がんの経過観察をしていない。検査を受けていないそうだ。
「もういいだろうと思ったのだ。いいというのは、快癒しているという意味ではなくて、再発するならしろ、ということである。(略)今後ちまちまとできるであろう癌を早期発見しては取り除くという作業を、もうしたくない。できたらできたで、別の対応をしながら、癌で死ぬ方策を探そうと思ったのだ。」
最近の写真を見ると、内澤さん、美人でスタイルもいい。きりっとして宝塚の男役みたい。意志が強そうで、一時期よくいわれたハンサムウーマンという言葉がぴったり。
その表情からは、「身体のいいなり」にあるような自暴自棄から現実逃避していたような様子はまるでうかがえない。乳がんを経験したからこそ、これほど変われたのか。彼女にとって乳がんは人生のターニングポイントだったのだと思う。
→続きです。
コメント
内澤旬子って「世界屠畜紀行」が有名な人ですね。読んでませんが。
自分で豚飼って食べるとこまでルポしたり、食系のルポライターと思っていましたが、闘病記も書いていたんですね。
>いったん切った臓器は元に戻らない。
私も病院で、ともかく早く手術を!というタイプだったので、このクロエさんの言葉にハッとしました。
ともかくガンの塊を早く自分から切り離したい、という感覚だったような気がします。
でも考えたら、肋骨の間から肺の1/3取り出し、気管支も切るわけで、肺は神経がたくさん通っているので神経も傷付けるだろうし、手術自体の後遺症もあるでしょう(私は幸い後遺症はありませんでしたが)
しかしネットや本の情報の中で、どれが自分にベストなのか?最終判定は難しく、結局目の前にいる医者は専門家なので、お願いします…となってしまうかなぁ〜?う〜〜〜ん、難しいです。
>内澤旬子って「世界屠畜紀行」が有名な人ですね。読んでませんが。
私もほかの本は読んでいないんですよ。でも肉がダメなので、「世界屠畜紀行」はタイトル見ただけで背筋に冷たいものが走ります。「飼い喰い」も読まないと思います(怖くて)。
>(私は幸い後遺症はありませんでしたが)
本当によかったですね。患者会に行くと、手術後1年経っても痛みが取れないという方がいます。医師を信じて手術を受けたのに、本当に可哀想です。
医師との出会い、治療の選択、何かもう賭けみたいですよね。
今度、通院のことを書きますが、その中でtontonさんのコメントを引用してもいいでしょうか(経過観察でCT検査を受けていないというの)。よろしくお願いします。
>コメントを引用してもいいでしょうか(経過観察でCT検査を受けていないというの)
はい、どうぞ。
ただその理由が「早く見つけても意味がないから」というのが、ショックなんですが…
>ただその理由が「早く見つけても意味がないから」というのが、ショックなんですが…
まさか(笑)、違います。医師に被ばくが怖いということを言いたかったんですけど・・・。